孫正義氏が叫ぶ「ニッポン人やばいよ!」 AGIの完成はすぐそこ そのときあなたはどうする?

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2023年10月にソフトバンクの孫正義氏が講演で「ニッポン人やばいよ!」「悔い改めよ!」「立ち上がれ!」と叫びました。孫氏によれば、人間の叡智の総和の10倍の知能を持つ AGI (人工汎用知能)なるものが10年以内に完成、さらに20年後には10000倍の知能を持つ ASI (人工超知能)なるものが誕生する、とのことです!

ども、こんにちは冬ごもり非正規国民の南田維葉です。

冒頭で書きましたように、ソフトバンクの孫正義氏が10月にAGI(人工汎用知能)をテーマにした講演をされました。
メディアでも報道されたようなので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

Chat GPT登場以降、飛躍的な進化をとげるAI。ここからの10年、20年で世界のありようはものすごい速さで変わっていきそうですね。
今回は孫氏の講演動画をみた南田の感想をちょっと書いてみようと思います。

これから激しく変化する世界をどう生きるのか?

皆様が考えるヒントになれば幸いです。

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ごゆっくり見ていってくださいね♪

孫正義氏講演の内容

こちらが孫正義氏の講演の動画になります。
この動画は、法人向けイベント「SoftBank World 2023」において行われた、10月4日の基調講演のものです。1時間近い講演で、孫氏がかなりアツイ言葉でお話しされています。

講演のテーマは、

「AIはAGIに進化する」

というもので、孫氏が考える今後のAIの進化について語られています。

孫氏の主張は、南田なりにまとめるとこんな感じでしょうか。

・知能は ハードウェア(=ニューロンの数)とソフトウエア(=学習)の掛け算で表される
・AIでいうと ニューラルエンジン × 学習
AGI=人工汎用知能 の定義は人それぞれ
・孫氏は AGI=人間の叡智の総和の10倍の知能をもつ と定義
10年後までにAGIができる と予測
・サルと人間の知能は10倍違う
・10年後の人類はAGIを使う者と使わない者でサルと人間ほどの違いができる。
・さらに20年後には ASI=人工超知能が登場する、と予測。
・ASI=人間の叡智の総和の10000倍の知能をもつ と定義
・10000倍の差は人間と金魚の違いに等しい。
・日本ではAGIが何かすら理解されていない ➡日本ヤバイ!悔い改めよ!
・日本ではChatGPTを積極的に使うどころか禁止している会社もある
➡とんでもないことだ!
・AGIを使わないことは、現代で電気を使わない、自動車を使わないのと同じだ
・ソフトバンクを世界で最もAIを活用する会社にしたい。
・もっとAIを使え!ニッポンよめざめよ!

 

 

少しわかりやすい関連動画を見つけました

上記の動画はけっこう長いのと、孫氏の感情が結構入りすぎな印象もありまして、わかりにくく感じる方もいらっしゃるかと思います。

下記の動画では日本と海外の事情も踏まえて、10分弱で解説されていて、少しわかりやすいかと思いました。お時間ある方はコチラもおすすめです。

 

この動画の要約は下記のような感じですね。

・海外はChat GPTをバンバン使って、その力にバンバン警戒している。
・AGIはもうほぼできている。
・警戒されないよう、テック企業はAGIを 中央値の人間レベル=会社の同僚程度 と定義
ChatGPTが登場して世界の警戒感は一気に上がった
・日本人は「なんかやばそう」と思いつつも見て見ぬふりをしている
・日本人は未だに「AGI?そんなのはまだ先のことでしょ」と思っている
AGIは数年以内に必ずできる
・ChatGPTは会話の相手。何でも話してみましょう。

さて、なんとなく講演の内容、AGIがどんなものかおわかりいただけたでしょうか?
世界はすごいスピードで変化してる、ということは間違いないですね。

南田の感想① 人間って必要なくなるってことですよね?

孫さんも解説動画の方も、人間をはるかに凌駕する知能を持ったAGIがまもなく完成する、だから

もっとChat GPT を使おう!

とおっしゃっています。

これを聞いて南田が思うのは、

そもそもそんなものができたら人間っていらなくなるんじゃないの?

ということです。

孫氏も講演の中で、

・Chat GPTをディベートの相手にしている。
・自社の役員とのディベートと遜色はないし、なにより低コストだ。

といっています。

さらに、

・AIどうしでディベートさせて、自分はそれを見てる

ということもやってるそうです。

なんだかそうなると役員さんもお役御免だし、知能が10倍とかになったら、AGIどうしの話をそもそも理解できないような気がします。

すると、AGIは別に人間を必要としなくなる気がします。
人間には理解できないことをどんどんやり始める。

結局のところ、

①人の相手がAIやAGIに代わり、人は人を必要としなくなり
②人は人に必要とされなくなる
③最終的にAIやAGIに人は必要とされなくなる

というような未来しか南田には見えてこないのだけれど、みなさんどう思われますか?

しかもそれが数年という短い時間で起こっていくとなると、どうやっても数年でもう人間にはついていけなくなるわけで、いまさらどうするの?というふうに思います。

南田の感想② そもそも使える人は限られるのでは?

そもそも能力的にAIをすべての人が使いこなせるわけでもないし(南田はアナログ人間なのでSNSとかのレベルでついていけてない)、すべての人がそれを使いたいと思うわけでもなくて、使うことが幸せかもわからない、と思うんですけどね。

自動車や電気の普及レベルが多様であるように、AIもすべての人が使えるわけではない、と思います。

若き天才 落合陽一氏の考えは? 「計算機中心」!

というような感じで、孫氏の考えは南田にはしっくりこないです。

南田は下記動画の落合陽一氏のような考えがしっくりくる感じですね。

 

この動画をまとめると、下記のような感じかと。

・人間というユーザーインターフェースは廃れてきた ➡ AIにとってかわられる
・デジタルヒューマンと人間の区別はつかなくなる ➡ 「デジタルネイチャー」の世界
・人間にしかできないことは「データになってないものをデータ化すること」
・データ化のプロセスはすべてAIが教えてくれる
➡ それってAIの小間使いでは? ➡ だいぶ前からそうなっている
「人間中心の世界」はもう終わっていて、すでに「計算中心の世界」になっている
・AIはなんでもやってくれる。
好奇心旺盛にトライできるかどうか、が問われる。
・環境負荷を下げて電気的に移動することを良しとする世界にかわっていく
生きている時間は自分の知的資産、言語資産を残す期間
・あとはデジタルヒューマンが勝手に拡張する
・ゆえに自分のピーク時に資本を投入して知的資産を残すのが正解
2024年頭でデジタルヒューマンの時代が来る

孫氏にしてもテック企業の欧米人にしてもどうも人間中心の見方になっている気がします。
人間の思い通りにAGIを使うのが前提になっている。

そこをいくと落合氏は「すでに計算中心の世界になっている」といっていて、計算機自然=デジタルネイチャーの中で人は生きる、と考えています。
そこにある人の理解を越えた自然を自分で利用できるものを利用する、というスタンス。

この考え方の方が南田にはしっくりくる感じがします。AIはAIで進化を続けて、リチャードドーキンスの『利己的な遺伝子』の考え方から言えば、「生命は自己複製子である遺伝子の乗り物にすぎない」わけで、その乗り物の最先端が人間からAI、AGI、ASIへの移っていく、ということだと考えています。

まあこの場合、いわゆる遺伝子=「ジーン」、ともう1つの自己複製子である「ミーム」も含めて、ということになると思いますが、それについては話が長くなるので、また別の機会にいたしましょう。

落合陽一氏についてはちょうどこれを書いている1年前、2022年の11月に下記の動画に偶然出会って、

すごい人がおるっ

と感動して以来、あれこれ調べています。
この動画もぜひ見てみてください。世界の見え方が変わると思いますよ。

著書『デジタルネイチャー』については宇野常寛さんのPLANETS一部無料公開されていますし、次の本となる予定の『マタギドライヴ』草稿も公開されているので、興味ある方はぜひ!

 

まとめ

さて、いかがでしたでしょうか?

2023年10月に行われた「SoftBank World 2023」での孫正義氏の基調講演「AIはAGIに進化する」についてご紹介した後、南田の意見をご紹介し、落合陽一氏の動画を引用しまして、南田の考えは孫氏より落合氏の考えの方がしっくりくる旨を書きました。

講演での孫氏の主張は、

・今後10年で人類全体の叡智の10倍の知能をもったAGI = 人工汎用知能 が登場する。
・その際にAGIを利用する人としない人の差は人とサルの差ぐらいになる。
・さらに20年先には10000倍の知能を持ったASI = 人工超知能 が登場する。
・その際にASIを利用する人としない人の差は人と金魚の差ぐらいになる。
・だから、日本人ヤバイよ!、悔い改めよ!、立ち上がれ!

というものでした。

これに対しまして、南田の意見は、

①人の相手がAIやAGIに代わり、人は人を必要としなくなり
②人は人に必要とされなくなる
最終的にAIやAGIに人は必要とされなくなる

というものでした。

この後、落合陽一氏の動画を引用いたしまして、落合氏の言う

すでに「人間中心の世界」から「計算中心の世界」になっている

という意見の方がしっくりくる旨、申し上げた次第です。

落合氏の言うように「好奇心旺盛にトライし、自分の全盛期にデジタル空間に自分の知的資産を後世に残す」ということをやっていければいいですね。
そして、それが後世の人の助けとなるといいな、と思います。

そういう意味では、老後のために今を我慢する、というより、今を大事に、好きなことをやって、それを遺していく、という生き方がよいのでしょう。

 

ではでは今日もぼちぼちがんばってまいるといたしましょう~

南田維葉

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